上方舞の中でも、作物(さくもの)に属する洒脱な作品です。
歌詞そのものの面白さに加えて、四世家元吉村雄輝師による振り付けがユーモラスで、人気の高い曲です。
登場するのは、子之助とはつかの二匹の恋人同士のねずみ。
子之助は手代、はつかは傾城つまり遊女という設定ですから、自由に逢うことが難しく、逢瀬にはそれなりに苦労していたのかもしれません。
二人(二匹?)の毎日はイタチに追われたり、まだら猫のトラに襲われそうになったり、猫いらずや極楽落とし(鼠取りの仕掛け)に肝を冷やしたり。
日々の暮らしの辛さに耐えかねて、元旦早々子之助は自分は水壺に身を投げ、後の弔いをはつかに託そうとします。
一方のはつかは、せめて一日は夫婦になって過ごしたいとかき口説き、
そうこうしているうちに、裏口から走りこんできたブチ猫のトラに仰天した二匹は、あたふたと水壺に飛び込んでしまいます。
軽妙でペーソスのきいた曲調にのって、2匹のネズミが心中するまでを描いた一節ですが鼠といえども、
吉村流の振り付けでは、はっきりと各々の性格が描かれております。
子之助は慎重で堅実、かたや、はつかは子之助を一途におもいながらも行動には軽々しいところがあります。
舞踊で、演題に「〜の道行」と題されている時には、今日その時、どうしても生きては行けない切羽詰まった事情を背負った恋人同士が、
最期に命の遂げる場所を求めて死出の道を行く、その場面を情感豊かにしっとりと描いていることが多いのですが、
この鼠の道行は、演目の後半に二人(2匹)で一緒に死のう!と決めてから心中するまで、まことに慌ただしくスピーディーです。
子之助はつかは各々の思いの中、一気に心中に向かって行きますが、そのバタバタした様子も鼠らしくコミカル描かれています。
舞台は正月飾りの餅花の下、2匹の鼠たちがイタチに追われてやってきたところから始まります。
ねずみの道行は奇抜で洒落のきいた作品であるだけでなく、
情愛の細やかさ、愛嬌のあるおかしさなど、
懐の深い上方舞の魅力に溢れています。