昔々この所にまなごの庄司という者あり
かの者一人の娘をもつ
又その頃よりも熊野へ通る山伏あり 庄司がもとを宿と定め年月送る
庄司 娘寵愛のあまりにてや あれなる客僧こそ汝が夫(つま)よと たわむれしをば
おさな心に誠と思い 明かし暮しておわします
そのうちに夜ふけ人静まりて 衣紋繕い鬢かきなでて 忍ぶ夜の障りは冴えた月影ふけゆく鳥が音 それに嫌なは犬の声 ぞっとした
人目忍ぶのうやつらや せきくる胸をおし静め
かの客僧のそばへ行き いつまでかくておき給う 早う迎えて給われと じっとしむればせんかたなくも 客僧はよれつもつれつ常陸帯 二重廻れば三重四重五重 七巻まいて はなちはせじとひき止むる
切るに切られぬわが思い せめて一夜は寝て語ろ 後ほど忍び申すべし
娘誠とよろこびて 一間の内にぞ待ちいたる
その後客僧仕すましたりとそれよりは
夜半に紛れて逃げて行く
幸い寺をたのみつつしばらく息をぞつぎいたる
ところへ娘かけ来たり
ええ腹たちや腹たちや 我を捨て置き給うかや
のうのういかに御僧よ
いづくまでも追っかけ行かん 死なば諸共 二世三世かけ 逃すまじと追っかくる
折ふし日高川の水かさまさりて 渡るべきようもあらざれば 川の上下あなたこなたと走り行きしが 毒蛇となって川へざんぶと飛び込んだり
逆巻く水に浮きつ沈みつ 紅の舌を巻き立て炎を吹きかけ吹きかけ なんなく大河を泳ぎこし
男を返せ戻せよと ここのめん廓かしこの客殿 くるりくるりくるりくるりとくるくるくる追い巡り追い巡り
なおなお怨霊居丈高に飛びあがり土をうがって尋ねける
住持も今はせんかたなくも 釣鐘を下ろして隠しおく
たずねかねつつ怨霊は 鐘の下りしを怪しみ 龍頭をくわえ 七巻巻いて尾をもって叩けば 鐘は則ち湯となって ついに山伏とりおわん
なんぼう恐ろしい物語